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救世の代償

何処か遠く、誰も見たことのない世界で。
果てなく遠い、誰も聞いたことのない国で。
一夜にして起こった不思議なお話。
『お伽話』と呼ぶには少々痛々しいそのお話は、
ある少女の死から始まる。

*

「お兄様…私、死ぬの…?」

細くか弱いその声に、目の前でただ微笑むだけの兄は決して応えようとはしない。

「………そうよね、分かっているわ。これは私の運命。誰にも止める事など出来ない」

強い光を宿した瞳からは、死に対する畏怖など微塵も感じられない。
絶望すら焼き尽くしそうなその瞳は、ただ一点を見つめている。

「私、知っているのよ。私の運命が誰の手によって紡がれたものなのか…」

少女の声は変わらずか細い。けれどその意思は雷(いかずち)よりも鋭く兄の瞳に恐怖を宿す。

「……でもいいの。これで世界が一つ救われるのでしょ? それはとても素敵なことだわ」

少女は笑顔で続ける。

「私の命なんて、あなたにとっては何の意味も為さないガラクタだったのでしょう?」

見る間に青褪める兄に、少女は色のない瞳で留めを刺す。

「あなたの大好きなこの国と、末永くお幸せに」

その言葉を最期に、少女の唇は二度と開くことはなかったとされている。
けれど兄の耳にはしっかりと刻み込まれていた。
少女が瞳に宿した、本当の意味が。

『私が救うのは枯れ果てたこの世界だけ。あなたの幸せを約束する義理はないわよね…?』

こうして少女が灰と化して消えた後(のち)、世界に赤みを帯びた金の雨が三日三晩降り続いたと言う。
それと時を同じくして、兄の瞳からは真っ赤な雫が流れ落ちていた。
三日三晩かけ漸く止まった頃には、その身体はもう、人の形すら成していなかったと聞く…

*

何処か遠く、誰も見たことのない世界で。
果てなく遠い、誰も聞いたことのない国で。 一夜にして起こった不思議なお話。
「お伽話」と呼ぶには少々痛々しいそのお話は、
ある青年の死によって幕を閉じる。

哀しき運命を背負わされし少女と、冷酷な笑みをたたえ続けた青年の、
聞くに堪えない一夜のお話。

あなたの暗き意思、よもや晒されてはいまいでしょうな…?

2008.08.29
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