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真っ赤な掌

どうしてもわたしは、独りぼっちでいたかったのに・・・


小さい頃、たくさんたくさん一緒に遊んだお兄ちゃんがいた。
そのお兄ちゃんは、私よりとても背が高くて、私よりとても大きな手で、
私の髪をこれでもかと言うくらいぐじゃぐじゃに撫でてくれた。

その大きな手が、私が大好きでたまらなかった。

毎日お兄ちゃんに会いに行って、毎日髪を撫でてもらう。
その日課が、何時までも続くと信じて疑わなかった、あの頃。


私は、あっけなく―――死んだ。



一瞬の事故。自分が死んだことにも気付かないほど、痛みを感じる暇もなかった。
ただ身体が宙に浮いたと思ったら、次の瞬間には、私はもう、お兄ちゃんのそばにはいなかった。

どんなに全力で駆けよっても、どんなに大きな声で名前を呼んでも、どんなに目の前で手を振っても。

私の全ては、お兄ちゃんには届かなかった。


あぁ、私はもう、独りなんだ…


足元で、不気味な声が響いている。地を這うような単調なリズムに、時折重なる耳障りな高い音。
目の前には、顔も思い出せない人たちが、笑っているのか泣いているのか、よく分からない表情で立っていた。

その中に、お兄ちゃんがいた。
でも、私はもう、駆け寄ることも声をかけることも手を伸ばすことも、しなかった。


お兄ちゃんは、泣いてもいなければ笑ってもいなかった。
ただまっすぐに、静かな仄暗い瞳で、私を睨みつけていた。

見えるはずもないのに、届くはずもないのに、何故か視線は外れない。
どんなに顔を背けても、背けようとしても、その視線に縫いとめられたかのように動けない。

どうして…どうしてそんな目で私を見るの? 私が…嫌いなの?

涙があふれた。溢れて溢れて、止まらなかった。
私はもう、ここにいない。お兄ちゃんのそばにいない。そばに、いられない。


声が止む。
石の軋む音がする。
光が、―――消える。


暗闇の中に閉じ込められて、私は泣いた。
自分が死んだことが哀しかったわけじゃない。お兄ちゃんのそばにいられないことが哀しかったわけじゃない。
お兄ちゃんが私を睨んでいた。嫌われているのかもしれない。
それが、それだけが、ただただ悲しかった。


私はこのまま、闇に溶けてしまうことを願った。
身体が炎に溶けたように、この思考も、感情も、私が私であった全てが、闇に溶けていまえばいいのに。
そう願っていた。

私は、独りでいたかったのに…




―――、―――、


声が聞こえた。
穏やかで、温かい、懐かしい声。

けれど決して、聞きたくなかった、声。


「おにい・・・ちゃん・・・」


どうしても、聞きたくなかった。私は独りでいたかった。
なのにその大好きな声は、同じ時間、同じ場所、同じ世界から聞こえてくる。


―――、―――、


「どう、して…」

嘘だと願った。信じたくなかった。そんなことがあるはずがない。
認めたくなかった。受け入れたくなかった。拒みたかった。

けれど、足元を染める赤はとても鮮やかで温かく、私を現実へと引き戻す。


「どうして…おにいちゃん…」


その赤の先には、青白く横たわる、大好きだった掌。
もう頭を撫でてくれることはない、大きな掌。


「おにいちゃん・・・お兄ちゃんっ!!」


私は、独りでいたかったのに。
こんな形で、お兄ちゃんのそばにいたかったわけじゃなのに。


あぁ、でもどうしてだろう。
この冷たいはずの体温が、とても温かく感じる。
同じ時間、同じ場所、同じ世界に、お兄ちゃんがいてくれる。
それだけで、こんなにも闇を好きになる。


撫でてくれる手はまだ届かないけれど、もうすぐ、もうすぐ、大好きなあなたが迎えに来てくれる。

私もそれを願うよ。貴方と同じ場所へ行くことを願うよ。


もう離れない、離さない。だからね、お兄ちゃん。



一緒に堕ちようね、お兄ちゃん…。




【不気味な声・単調なリズム・高い音】はお葬式のお経です。
参列者の顔を覚えていないのは、『私』がその人たちに愛された記憶が無いから。
泣いている人は少なく、殆ど事務的に進行しています。

『お兄ちゃん』が睨んでいる先は遺影です。
その前もしくは後ろに『私』がいるので視線が外れません=『お兄ちゃん』に見えているわけではないです。
助けられなかったことを悔やんでいるのであって、決して嫌っているわけではありません。寧ろ愛してます。

名前を呼ばれている表現はお任せします。例をあげるとするならば、水滴(流血)や切り裂く(自傷)音など。

『お兄ちゃん』は自ら命を絶っています。
事故・病気など不慮の死と自殺では同じ場所へは行けないと聞いたことがあるので、『あなたと同じ場所へ〜』と言っています。

【まだ『お兄ちゃん』の手が届かない】のは、まだ亡くなっていないから。
助かる可能性があったのかもしれませんが、『私』が引っ張ってしまったので手遅れとなりました。

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